サンクチュアリ週刊ニュース

主に,米国サンクチュアリ週刊ニュースの和訳です.

全てを捨てて,私達は神様の声に従いましょう

2019.11.16


ドン・ヘルド氏


天聖経,第6巻,第2章「霊界はどのような所か」886ページ,統一教会の食口は,安物ではありません.聖書を抱えて礼拝に行けば天国へ行き,いくら献金すれば天国へ行くと考える,そのようなつまらない群れではありません.それはつまらない群れです.そのような酷い群れではありません.信じたなら,ひたすら最後まで信じるのです.どのくらい凄いかと言えば,自分が死のうと生きようと,夫が掴んで行けないようにしても,離婚も辞さずに信じると言うのです.そのようにもの凄いのです.(121-71, 1982.10.24)


私は,アボニムは二人の間に不一致があっても,50年間,妻を捨てなかったと言う,多くの人達と話し合いました.彼らは,真の父母様であり,何者も二人を分かつことはできない.証明して下さい,私は信じられません,と言います.生死のある強い瞬間の為に生きていた人は,あなたが神様と使命の為に命を献さげ,私達の人生の長い間に,輝いた何かを経験したことを知っています.全てを献げた瞬間は,神様と私達の献げた最善の努力のみが重要でした.神様の御旨を中心とした一つの考え,心,そして,努力を抱くことによってのみ,神様が顕現される条件を立てられます.その瞬間を実現するための私達の集中には,家族や配偶者を含めて,何者も介入することはできません.この御言において,アボニムがこのような絶対の基準によって生きていなければ,彼は,このように語る事は出来ません.これは,私達の人生においても,神様を最初に置く道です.万難を排して,アボニムの道と足音に従う道です.


アボニムは,不注意に語られることはありません,或いは,人を怖がらせる為に無意味な脅しはしません.彼は,体験から語られます.あなたが,神様に到達することを妨げようとする人は,あなたを危害から保護しませんが,あなたが神様の御旨を果たす事を妨害しようとします.その反駁する声は,神様の声ではなく,神様と人類の敵の声です.神様の御旨の完遂に反するそのような言行は,あなたを御旨から遠ざけようとする自己中心的な欲望からであり,あなたの人生の伴侶からも来ます.それは,神様の御旨の支援からの分岐点であり,真の命の御言を実現したいあなたの配偶者の願いの支持からの分岐点です.同意できない言葉が行動になった時,それは,神様の方向に反した行動をする負の霊的なエネルギーによる効果を齎します.そして,天に対する罪になります.


神様の御旨に従うための絶対の決意(commitment)のポイントは,あなた(の存在)と神様の命の御言との合致です.これは,神様の御言を中心とした,あなたの心と体の完成段階の一致です.また,それは,神様とサタンの両者が,誰がその人の忠誠を勝ち取るかを見定めるポイントでもあります.これは,あなたが,神様の御言に従うのを妨げる為に,サタンが何かをしようとするポイントです.また,それは,あなたが神様の子孫となり,命の木としての相続者となることを決意するポイントでもあります.神様の御言に従うことは,永遠の真の命の道であり,私達は,神様の息子・娘に重生されるために,この堕落世界の障害を克服しなければなりません.人生の障壁を越えると,私達はより高い段階に上がり,真の愛,命,血統の創造主とのより深い永遠の絆を得ます.これらの外的な障害に対する勝利は,他の人達が,人生において感じる同様の限界を越えることを助けます.私達は,全ての障害と和して,神様に到達した方,つまり,再臨主,アボニムの道に従わなければなりません.


上述の御言を初めて読むと,私達はショックを受けるかも知れませんが,これは,私達自身が完成し,神様の御旨と一つになる道です.私達は,毎日,色々な段階の戸口に立っていて,どちらに行くかを決めなければなりません.私達は,神様の道に従いますか,それとも,罪の奴隷として,サタンの抑圧の下に留まりますか.


アージュ,アーメン
シアトルより


原文 : https://files.constantcontact.com/2bd8186d401/f2075df4-ea65-498b-a6f3-d1e4a21ae162.pdf


<鷹の目>
天使長とエバが道を誤ったのも,自己中心の思いからでした.アダムとエバが神様の子として生まれ,被造世界の状況が変化していく最終段階において,天使長は,その変化を素直に受け止められず,被造世界の中心的な位置を保とうとしました.この思いが,今も私達の心の中に髣髴しています.人の事をどうこう言う必要はありません.各自が,日々の歩みの中で,何を神様やアボニムに報告できるかがポイントです.アボニムは,霊界と地上界で,休まれることなく,神様と同じように遍在的に活躍されていると思います.そして,私達は,日々,小さいことでも,神様とアボニムが喜ばれることをして,それを報告すれば良いのです.この基本形を積み重ねて行って,私達は,次第に,神様とアボニムに近づくことが出来ると思います.神様とアボニムに報告することがない人は,宿敵,サタンに拘束されているかも知れません.日々の歩みと祈祷において,反省して見ましょう.


ドン氏は,配偶者からも,御旨を遮る言行が発せられるかも知れないと述べています.それは,私達も経験して来たことではないでしょうか.より本質的に生きる人は,神様の御旨を求めます.相対的にその志向が弱い人は,自分の考えや世間の価値観で判断するでしょう.御旨は,時に,世の常識を超えた所に,ゴールがあることもあります.ヤコブ,モーセ,イエス様,そして,アボニムが見せてくれたサタン屈服の典型路程は,一言で言えば苦難の道でした.苦難の道を感謝して,越えて行った人達でした.私達も,段階が異なっても,神様に近づくためには,苦難の道を歩んでいる筈です.神様の御旨の実現が絶対である以上,私達の歩みも,アボニムの御言と伝統を守って,絶対を目指して頑張りましょう.その先頭に立っておられるのが,二代王様・王妃様であることを忘れてはなりません.

×

非ログインユーザーとして返信する