サンクチュアリ週刊ニュース

主に,米国サンクチュアリ週刊ニュースの和訳です.

見捨てられた私達の父(Our Father Forsaken)の書評



2020.5.12添付


ウィリアム・ブルンホッファ,宗教教育牧会学博士,ニューヨーク神学校


亨進・シーン・ムーンの信仰上の備忘であり,今日のキリスト教の学術的且つ,牧会的混乱を狙った回文,聖書は,新旧約聖書において,「神様は,昨日も今日も,明日も変わらない.」と教えている事です.悲しい事に,キリスト教界の大半は,逆を進めており,
2,000年の長いリーチ,「たわわな異端」に従っている
と彼は言っています.


西暦1世紀に始まった,この初代キリスト教の異端は,「グノーシス(霊と物質の二元論)の福音」から発していますが,彼の肉体は存在しなかったという主張に基づく神様の息子としてのイエス様の精神的な概念を推進しました.しかし,多くの証拠の山があるにも関わらず,最近の死海文書に反して,今日のマルキオンと言うべきグノーシス主義者は,全てがミステリー,誤解であり,旧約聖書から始まったと結論付けています.そして,初代教会の新約聖書におけるイエス様の生涯は,イエス様がマリアとヨセフの間に生まれ,地上で歩み,弟子達を集め,山の上で説教をされて,奇蹟を行い,ピラト提督に裁かれ,十字架で亡くなり,後に,パウロや他の使徒達に現れたと証言し,そして,彼らは異端を続けています.


イエス様の生涯を再定義する,このミステリーを作る企てに対して,文牧師は,クリスチャンは,「約束の地」に入る時にカナン族を殺害した事,或いは,パウロの書簡と新約聖書の教えの間にある矛盾のように,理解するのが難しい処があっても,神様の不変の御言に集中し続ける必要があると,督励しています.


本書は,一般の読者向けではありません.真理の探究者や学者が自分の中で,これらの頁を耕して,実りを収穫するし,価値があるでしょう.よって,もっと深く見て見ましょう.


パートⅠは,「最初の異端」マルキオンの確認から始まります.そして,イエス・キリストの福音が,使徒らによって,ユダヤと地中海の周りに伝道(説教)されていながらも,マルキオンと「グノーシスの福音」が,どのようにマルキオンの異端をローマ帝国全体に,拡げたかを見ています.


次に,パートⅡでは,旧約聖書が再検討されています.モーセから始まり,「石板」,出エジプト記,レビ記,民数記,申命記に記された神様の法の進展についてです.神様の選民に対する契約は,彼らの意志に従順ならば,もっと祝福され富が与えられるが,創造主に不従順ならば,対価を払う事になるでしょう.ここに,死刑とイスラエルに,カナンの文化と付随する全てを根絶させる神様の指示の正当性が記されています.そこには,神殿売春,小児性愛,幼児犠牲が蔓延っていたからです.神聖な,或いは,単なる戦争の意味,自然法の根本,ショッキングな性的倒錯の受け入れ,小児性愛が,初期イスラエルの修道会においてもありました.


文牧師のパートⅢの研究では,神様の法と御言に対する,「ダーウィンの福音」に導かれた世俗の攻撃を検討しています.「科学」として推進された,証明されていないダーウィンの進化論は,今日,人の起源に関する真理として,殆どの公立学校やそのテキストに,高等教育に,そして,キリスト教やクリスチャンの神学の主流にまとめられ,世俗の文化と同様に,宣伝されています.これらのダーウィン進化論の信者達は,ランダムな突然変異と自然淘汰が,「猿から人」の種の起源神話を遵守し続けています(J.ウェルズの「進化のアイコン」参照*1).そこでは,私達は動物の子孫であり,殆ど,高級な哺乳類です.これらの信者達は,ダーウィンの主張に反論する科学的な証拠が山ほどあるのに,種の変化を示す「ミッシング・リンク=中間種=存在が考えられていても発見されていない間隙」の化石が全くないことは明らかです.確かに,彼の進化論を支持する十の論点は,著名な科学者達によって,論外(批判的な検討の下に落)とされました.実際には,偽りの理論が,今も,小学校,中学校,高等教育において若者達に教えられ,公的な政策においても仮定が伝えられています.


文牧師の信仰者に対する,旧約・新約聖書の神様への帰依の呼掛けの最終章は,マルキオンの精神主義者やダーウィン主義の唯物論者と切り離した明確且つ,正しい聖書的なイエス様の理解の探究で終わっています.このような修正主義者達は,福音を「リフレクティング・プール=ワシントンD.Cのモールにある池」に捨てるし,それによって「新しい世代」のマルキオン主義の牧師達は,自分達の思想を明らかにすることが出来て,唯物論のダーウィン主義者のクリスチャン達は,解放神学における全人類の体験を作り直すことが出来るでしょう.この観点によると,イエス様は,新約聖書の左翼の解釈に基づく正義のための武装勢力になります.しかし,本書は,この解釈がヤコブやパウロの書簡や,考古学的な文書(死海文書,パピルスの断片,マグダラの手記)に残された歴史的な記録と一致していない事を論じています.生き証人としてのマタイやヨハネによる福音の史実性は確立されており,初代クリスチャンの殉教者達の生死の信仰は,イエス様の生涯の仕事と復活体験の圧倒的な証拠を,全て与えています.


これらを集めると,イエス様が,王国(天国)を説教し,その王国は地上で守られる筈だった事は明白であると,文牧師は結論付けています.福音書の中で,イエス様はこのように言われたと報告しています.「剣のない者は,服を売ってそれを買いなさい(ルカ22:36)」そして,啓示者のヨハネ(=人物不詳)は,黙示録2:16及び19:15において,キリストが再臨される時,彼は裁き主となり,王となり「私の口の剣でその者共と戦おう.」「鉄の杖で彼らを治める.」とあります.


主の祈りに述べられたクリスチャンは,コミュニティを守るために呼ばれ,イエス様を通して神様によって,地上に(建てるように)任命されました.クリスチャンの後の賦課にも関わらず,グノーシスは,人々に対して,世俗の文化や法律による信仰や実践をしています.同様に,宗教的な確信は道徳と結びくべきではないとする人気のある考え方によって推される,信仰的な無関心主義が台頭しています.文牧師は,「クリスチャンは,一方では,信仰の活きたコミュニティを建てるために呼ばれました」そして,一方では彼らを守る準備をするために.「キリストのフォロワーが再度,勇敢になる時が来ました.」…304頁.


この仕事は,クリスチャン弁証論の古典になるポテンシャルがあります.到達点は,旧約聖書と新約聖書の両方の記録に亘り,科学的な補足が加わる図太いものです.各章は,読者の興味を追及できるようにトピック的にアレンジされています.更に,現行の,ジェンダー(性別)の混乱と性転換のような問題は,「自然法」の章に繋がり,妊娠中絶問題は「生命の尊厳」にあります.私達は全員,私達の父や母をユダヤ・キリスト教の伝統と聖書において,愛し誇るために呼ばれました.この仕事から,昨日も,今日も,明日も変わらない,私達の創造主,天の父を愛し誇るために呼ばれたことを思い出します.


*1 : https://en.wikipedia.org/wiki/Icons_of_Evolution



<鷹の目>
宗教教育牧会学の専門家による亨進ニムの著書「Our Father Forsaken」への書評です.筆者の文章は,long introductionが多く,主語と述語の関係も不明瞭です.Nativeは,散文的に読めば,流れで理解するのでしょうが,小生が読むと,難解な箇所がありました.


マルキオンやグノーシスの話は,小生は認識不足ですが,信仰の世俗化は何時の時代もあります.新約聖書もイエス様が書いたものであれば,かくも多くの異端が生じる事もなかったでしょうが,弟子達がまとめて記した処からカトリックが発展し,どんどん誤った方向に行きました.1517年前後の宗教改革の動きが出るまで,極論すれば,イエス様の本当の願いから離れたカトリック集団が続いていたとも言えます.大勢力が必ずしも正統ではないのです.


統一Gも今後どうなるのでしょうか.アボニムの直言と直筆の御言が残されていても,既に,分派・異端が生じています.御言通り,教会組織は全て撤廃した方が良いかも知れません.亨進ニムは,祝福を受けた各夫婦が王・王妃であり,また牧者であると言われます.最終的には,教会は要らないのです.過渡的には教会が必要です.しかし,神様の血統の中心である王の王の血統は続かなければなりません.王の王の血統に全ての人達が繋がるからです.アダム・エバが果たせなかった神様の血統の確立を真の父母様は果たしました.残念ながら,韓鶴子氏は,最後にその位置から離れました.約5年(60カ月=6千年の象徴)を経て,アボニムと康賢實オモニムが,2017.9.23(天8.4)に,失われた真の父母様の位置に立たれ,未達成であった完成期の御聖婚がなされました.この歴史的且つ天宙的に重大な事実を客観的に認める者が勝利を受け継ぐと思います.それを受け入れない人達はご自由にどうぞ.アボニムと韓氏の間には,完成期のご聖婚は成されませんでした.果たせないまま,アボニムは聖和された事を私達は記憶しておく必要が有ります.ご聖婚が果たせなかったのに,基元節が成されますか.韓氏がお独りで立たれた2013.2.22(天1.13)の儀式には,正統性がありますか,一度熟慮して見て下さい.


進化論の限界については,二代王様は,昨年の鉄の杖祭典においても,詳しく語られました.ダーウィン自身が,中間種が発見されなければ,自分の進化論は崩壊すると明言していますが,中間種の化石は世界中で発見されていません.それにも関わらず,無神論者達は,今もダーウィンを中心とする進化論を吹聴しています.生物や生命を相手にしている科学者には神様を認めている人が多いようですが,知恵のない科学者達は神様を認めません.そして,今でも霊界を否定している自称科学者が世界には山ほど居ます.彼らは亡くなって,霊界に入る時に驚愕するのです.小生の親族にもそういう人が居ました.生きている時に神様を知って,神様の願いを知って歩む事がどんなに大切でしょうか.


亨進ニムは,アボニムがされた事をリピートしておられます.米国のクリスチャンを覚醒させようとしています.そして,神様の王国を目指しています.米国には,モルモン教徒が集まったユタ州のような特別な州もあります.ユタ州は7割がモルモン教徒と言われています.家庭連合は,天一国を達成したかのように言っているのですか.あり得ない暴論ではないですか.20年ぐらい前に,日本の代表的な幹部の一人であるO氏が,「天一国は見える形で実現するものではない」と全食口に発信しました.小生はその時から,大きな疑問を抱きました.天一国が実体ではないのなら,アボニムは,「島でも一つ買って,神様の国(天一国)を創建したい」と言われますか.神様の願いが,未だ地上では達成していません.神様の降り立つ国家・国土が無く,国民がいません.サタンが人間と万物を主管しています.人間の血統と堕落性をしっかり掴んで離さないからです.血統転換された多くの人々が無欲になって,愛をもって為に生きるようになったら,サタンの主管は崩壊していくでしょうが,それは,まだまだ先の事です.


二代王様は,ずっと先の事を眺望しながら,確実に,平和軍・平和警察の要員を養成しています.平和は唯で与えられると思っている人達には,鉄の杖=銃を受け入れない人も多いかも知れませんが,我が国は今の処,銃器の所持は,警察や自衛隊,海保に限定しているだけです.しかし,有事となると彼らだけでは国内の治安も守れず,国防も難しいと思います.いずれ,日本もスイスのように,民間の志願者による治安維持と防衛を具体化する事になると思います.既に特定の国から,100万人以上の人達が入国して居住しています.彼らは,一夜にして,革命軍に変貌します.それは,長野オリンピックの時の事案を見ても分かる事です.根本的に異質な国とその国民との対応は,何時も警戒して,何時でも抜け出せるようにしておく必要があります.

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