サンクチュアリ週刊ニュース

主に,米国サンクチュアリ週刊ニュースの和訳です.

レイチェル・タスゼウスキー氏 "放蕩息子は家に戻っています"


2018.7.16


とても長い間,信頼への裏切りがありました.それはエデンの園に始まり,全地に毒のゴミのように広がりました.その時,欺きが蔓延し,甘いささやきは文字通り何もありませんでした.裏切りは全てにおいて普通です.


神様はエデンの園において信頼の基台を作られました.男性も女性も自然に,神様を父親と見るようにしました.しかし,私達が良く知っているように,その最初の信頼が壊され,打ち砕かれ,神様の人類への希望は減退しました.


神様の希望は唯,彼の信じたことが,全ての被造物において起こる事でした.父親として,父母として,神様は私達をご自身のかたち通りに創造されました.だから,両親は子供達が期待されて育って,責任を持ち,忠孝に励み,善良な民となる時,神様のように悲しみを感じます.


私達が原理の中で神様の御言葉を見ると,蕩減復帰は,私達におそらく,特に,人が意識して神様から離れて歩むと,厳しい路程が前方にあることを信じるように教導しています.忠実な人達には,子供や友達や敵の世話をし,そしていろいろな点で神様との関係を失うことは,辛い現実です.あなたがクリスチャンの一世か,アボニムの御心によって生まれた子女(二世)かに関わらず,私達から原罪が拭われた時,信仰の戦いと向上に不安になります.多分,あなたは決して「そこ」には行けないとか,否定と疑いの思いがあふれ出すと感じるでしょう.


私達が許容するか否かに関わらず,私達には,創造の拡張を最高に主管する愛のお父様がいます.彼の名前は,多くの著名なキリスト教の牧師が表明しているように「ヤーウェ・イルエ,備えて下さる主」です.しかし,これを聞くと少し躊躇するのです.


あなたに子供がいて,あるいはアボニムと霊界のイエス様の権威に戻っていない配偶者がいれば,神様は決してあきらめないことを知っています.他の人達の祈祷や哀願と受け入れる暖かさによって,私達が神様の愛を体験するように,キリストが生きておられることを信じられるのです.


神様は,全ての息子娘達に,鉄の杖を手にするのは遅すぎではないし,判断を表明し,偉大な方をもう一度信じるように促しておられます.その方は,私達に深く刻み込まれた方です.


天恵の話は,全ての相続遺産金を騙し取られた一人の若者のストーリーを見ることです.彼が快適な生活を失って,地のゴミのように放置された時に,彼は彼の財産を探す人達と組みました.私達は放蕩息子の聖句を知っています.イエス様は,聞く人達全てと分かち合ったのです.しかし,私達は彼のお父さんのことを知っていますか.彼は忍耐し,従順に粘り強く,息子を愛してきたのです.人は遥かに遠いと感じるかも知れませんが,私達の愛する天の父は,常に待って,見つめ,傷つけられ,癒しが必要だった心の貧しい者達を祝福されました.


私達は放蕩息子が何をしたか知っていますか.ルカ15:18-20に「ここを立ち,父の所に行って言おう.『お父さん,私は天に対しても,またお父さんに対しても罪を犯しました.もう息子と呼ばれる資格はありません.雇い人の一人にして下さい』と」


そこで,放蕩息子のお父さんはどう対応しましたか.ルカ15:22-24に「しかし,父親は僕たちに言った.『急いで一番良い服を持って来て,この子に着せ,手に指輪をはめてやり,足に履物を履かせなさい.それから,肥えた子牛を連れて来て屠りなさい.食べて祝おう.この息子は,死んでいたのに生き返り,いなくなっていたのに見つかったからだ.』」


聖句から,息子,子を祝福する際,父親には全く躊躇がなかったことが分かります.神様においても同様です.聖霊,イエス様,アボニム,そして天のお父様は,私達が帰宅し,身を任せることを待っておられます.彼は,個人的な関係と彼が居て,永遠に全てのためにあることを知るように切望しています.


あなたに愛する人がいて,心の中で彼らが神様の愛の中に入ることを望むならば,豪州の福音派教会の牧師,ベン・フィッツジェラルド師によれば,本当の放蕩息子は言いました.「私は電話を止めることを勧めます.そして,主を知る喜びの分かる写真を選び,それを壁紙にして,電話を開ける時はいつも,天使とイエス様と愛する天のお父様に話しかけ,大胆に,『行って,そうしなさい』と要求しましょう.」           
     


<鷹の目>
私達一人一人が放蕩息子であり,神様の願いから,大きく離れていました.しかし,二代王様の「沈黙を破って」以来,多くの人達の言質を聞き,また祈祷することによって,自宅に戻ることができたと思います.


真のご父母様は一体である.ということが盛んに叫ばれていますが,もしそうならば,韓オモニムは最愛のアボニムの思い出や逸話をもっともっと語られるのではないでしょうか.私達は,自分達の知らないアボニムの思い出や御言葉を一言でも聞きたいのではないでしょうか.アボニムの権威はどこにあるのか深く考える必要があります.


本稿にあるように,神様は私達,放蕩息子の帰還と祝福に全く躊躇はないはずです.多くの人達が,「アボニムの権威に戻ること」を正しく認識し,勇気をもって行動されることを祈念します.

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