アボニムの涙(3a)

3.神様の摂理的なみ旨から外れた数々の行為
1)韓鶴子氏は,アボニムの御言と原理を変える権能がありますか.
家庭連合は,オモニムは完成したエバであるから,間違いはないし,悪いこともできないと主張しています.彼らは,また,オモニムはアボニムと一体であるから,オモニムがされることはアボニムがされることと同じであると言います.彼らは,アボニムがオモニムと霊的に一緒におられると言います.従って,彼女が何をしても,正しく,義であると主張します.つまり,食口は,理解できなくても,絶対信仰と絶対愛と絶対服従で従うべきだと言っています.
家庭連合の食口は,韓鶴子総裁は,生きたオモニムであり,彼らは何事にも従わなければならないと言います.家庭連合の位置は,オモニムはアボニムと一心・一体であり,同じ権能があるから,彼女はアボニムの御言と指示を改めたり変更する権能がある.つまり,オモニムは,アボニムの御言に従う必要はない.という事です.
この位置は,彼女は,天聖経を含む八大教本を改定し,修正できることを意味します.彼女は,アボニムが築いた多くの原理や伝統(家庭盟誓,天一国歌,聖婚問答,主体と対象の位置と役割,聖地の売却など)を随意に変更できます.誰かがオモニムに従わなかったり親不孝であれば,彼女は,その人を排除できます.アボニムの後継者であってもそうです.彼女は,アボニムが定めた三代王権を廃し,その位置に天一国最高委員会を置くことができます.委員会が,オモニム意向に従って,後継者を決めれば,家庭連合はその人を支持するだけでしょう.
この位置によれば,アボニムの御言は故意に改竄され,アボニムの生涯を通して立てられた協会と指導の原理は,廃除され,変えられます.
これは無意味です.一心・一体とはどういう意味ですか.それは,心と体が完全に一体になったという事ではないのですか.意志と目的と方向と行為が完全に合っているという事ではないのですか.それで,アボニムの全ての業績を拒否し,変更して,批判する行為が一心・一体の表現であると,皆さんは説明できますか.
2000年以降,アボニムは深く心配されて,オモニムがアボニムの御言を守っていないと言われました.アボニムは生前,オモニムが天のみ旨から反れていると,厳しく叱責されました.そして,伝え聞くところによれば,彼は彼女との離婚もあり得ると警告されたようです.
誰かが,アボニムのこのような御言を家庭連合本部に言えば,彼らは,口を噤んで,批判をかわすでしょう.彼らが食口を闇の中に留めておく限り,うまく行くと想像しています.でも,それが本当に可能ですか.彼らは,一時,食口らの目を塞ぎ,耳を閉ざすことができても,事実を永久に埋没させることは出来ません.幹部は食口を,永久に包み込むことは出来ません.皆さんが,完全に閉じ込めることが出来る人達は,監獄の犯罪者であり,精神病の人です.
2)八大教本の廃棄
家庭連合は,アボニムが私達に残して下さった御言(八大教本)を廃止しています.そして,三大経典に置き換えています.メシアご自身が,八大教本は彼の最終意思であり,人類への遺言であることを強調したのに,家庭連合は,これらを彼の許可なく,故意に廃棄しています.家庭連合は,「三大経典」(改定した天聖経,平和神経,真の父母経)を推しています.
アボニムは,彼の経典の例え一語を変えても,天の裁きを受けると警告されました.にも拘らず,家庭連合は,アボニムが指定された経典を廃棄しました.例えば,改定した天聖経は,原著の内容の70%以上が改竄されています.
家庭連合の幹部は,メシアご自身が全ての後世の為に残した教本を,図々しくも削除し,修正し,編集し,加筆しました.彼らが代わりの経典が必要なら,八大経典を,アボニム確立された遺産として,無傷のままで残して,「三大経典」を発刊できたはずです.アボニムが,彼の最終意思と遺言として指定された八大教本を廃棄することは,受け入れられるものでも,許されるものでもありません.
このために,皆さんは,それらを磨いたり,整理してはいけません(2005.4.26).
(説明)天聖経は,アボニムの最後の遺言であり,聖和される前に保存した御言です.天聖経(韓国語版1564ページ=日本語版1521ページ)によれば,原理講論を訂正したり,修正できる人は,一人しかいません(彼は,天聖経を参照しながら,何故,原理講論を語っていますか).それは私(アボニム)です.皆さんは,アボニムの記録されたスピーチを中心に,進まなければなりません.皆さんが私を愛するなら,皆さんは,八大教本を私が愛する以上に,愛さなければなりません(2009.11.19).
平和神経増補版(韓国語版811ページ)
皆さんは,神様とアボニムが祝福し,封印した文書を自分達の考えで簡単に変えられますか.皆さんは,それらを絶対的なものと見なければなりません.それらには,皆さんの後世が愛し,何千代にも亘って尊敬できる御言が含まれています(2007.2.27).
平和神経増補版(韓国語版841ページ)
私は,私の御言を取って,磨いたり,洗練したりして欲しくはありません.もし,誰かがこれを曲げると,皆さんがあの世に行った時,非難される条件になります.そして,八大教本に関する天の直接の審判を逃れることはできません.全ては終わりました.アボニムは,変える必要のあるものは何もないと,明言されました.
アボニムは,彼の御言と教本をいかなる環境においても,手を付けてはならないと,はっきり語りました.彼は,私達に厳しく指示されました.「私が『クソ』と言えば,『クソ』と記録し,私が『やる』と言えば,『やる』と残しなさい」と言われました.何度もアボニムは,睡眠時間さえも割いて,教本を通読され,訓読会において全ての詳細を見直しました.最後に,彼は教本に王家の封印をして,それらを天に捧げました.
しかも,家庭連合は,教本を改定しました.アボニムが,教本は入念に保管すべきだという指示を全く残さなかったとしても,メシアの教本を,誰かの考えによって,修正したり変更したりすることが出来ますか.
もし,皆さんが,私がここで言っている事を信じないのなら,天聖経の原本と改訂版を比較して見て下さい.記述の70%以上が修正されています.御言の接頭辞や接尾辞すら変えられています.見て,確認して下さい.私が本当のことを言っているのを見て下さい.
アボニムは,私達に,「天地人真の父母定着実体御言宣布天宙大会」におけるスピーチの原稿について説明されました.教本には,アボニムの生涯のストーリーと天一国自体が含まれていると,私達に語りました.アボニムは,聖和される直前まで,この教本が入っているバインダーを大切にされました.彼は,何処に行かれても,いつも,このバインダーを持参されました.全ての公的なイベントや様々な大会や訓読会において,彼はそれを訓読されました.
皆さんが44ページ以降を見れば,アボニムは,はっきり言われています.八大教本は,彼が人類に準備し,遺贈した最後の遺言です.そして,彼は,地上だけでなく,霊界においても,これらの教本を読んで,学ぶように指示されました.この事実にも関わらず,アボニムが聖和されてから,八大教本は,家庭連合の公の機関(成和出版社)においては,入手出来ません.それが現況です.
家庭連合の本部は,頑固にこの位置を守っています.これらの書籍は,既に食口に遺贈されました.問題外です.と言っています.
3)天一国国歌の変更
家庭連合の幹部のように,皆さんは,アボニムが天一国国歌として定めた「栄光の賜物」を唯,除いて,皆さんが好きに,新しく作詞された「聖歌」に変えられると考えているようです.
国歌は,建国の核となる哲学と精神を表現する歌です.真の愛国心の愛の精神によって奮起するという意味です.
この気持ちで,天一国国歌は,アボニムが,復帰の道を歩まれた際に耐え忍ばれた苦難の心情に対して,称賛と感謝の厳粛な心をもって,統一家が賛美するものです.「栄光の賜物」は,興南収容所の苦難を克服された後,アボニムが作詞された聖歌です.アボニムの苦難と勝利の路程が注入されています.
私達が天一国国歌を賛美すると,私達は復帰の苦難の道を振り返ることができ,私達の心を,神様とアボニムへの孝行(の敬虔さ)と忠誠に集中することができます.ここにおいて,私達は歌の意味を私達の心に刻み込みます.
アボニムは,「栄光の賜物」を天一国国歌に選んだ理由を,はっきり説明されました.この歌には,アボニムの人生の路程が染み込んでいるからです.
この点を考えれば,皆さんは,天一国国歌を簡単に,そして故意に変えることを企てられますか.新たに造られた天一国国歌によって,どのような創設の精神が表現されていますか.天の御心を外した天一国国歌は,無意味です.
にも拘らず,皆さんは,「聖励の新歌」の歌詞を修正して新しい国歌を造って,今,彼らは韓オモニムを賛美しています.そうではないですか.皆さんは,アボニムの苦難と勝利の路程を国歌から除きました.私には分かりません.皆さんは,心情なり,意味を振り返ることもなく,唯,歌を歌いますか.これが,皆さんが,「何でも良い」と結論付けた理由ですか.
4)聖婚問答の変更
堕落人間の救いはどのように完遂されるでしょうか.まず,個々人は,信仰生活に投入し,サタン分立の路程を通過しなければなりません.ここにおいて,彼は,形式的には,アダムとエバが堕落した位置を復帰します.つまり,長生期の完成級です.その基台の上で,個人は,真の父母様の祝福を受けて,重生(原罪の清算)されます.アダムとエバの堕落前の位置を回復して,個人はメシア,真の父母様に侍らなければならず,そして,更に成長して,遂には成長期間を完成し,完璧な完成の化身となり,神様の直接主管圏に入ります.故に,完全な救いは,真の父母様との関係を通してのみ達成されます.原罪は,アダムとエバが堕落した長生期の完成級において,メシアの祝福によって清算されなければなりません.これは,私達全員が理解している祝福の意味です.
問題は,堕落の血統を受け継いだ人類が,長生期完成級に達することが,極めて難しいという事です.皆さんが知っている事を期待しますが,私達が真の父母様から受けた祝福は,「位置の祝福」或いは「条件的な祝福」であって,真の父母様の恩寵の元で受けたという理由がこれです.私達が,祝福を受けるための適切な霊的基準を得られていないため,私達は条件的な祝福を受けましたが,成長を続けることは,私達の責任であり,遂には,その位置の要求を満たすでしょう.
例えば,祝福家庭が堕落したり,他の理由で祝福が壊れたら,別の人が来て,必要な責任を果たせば,その事はまだ回復できます.何故ですか.その祝福は,実際の個人には与えられていないからです.従って,私達は長成期完成級に到達できていないから,真の父母様は,聖婚問答によって,私達に誓約をさせました.それをベースに,父母様は,私達が祝福を受ける事を許して下さいました.
よって,アボニムは,祝福に参加した全ての善男・善女に,四つの聖婚問答によって,まず,誓約をさせて,その条件の基台の上で,彼らに祝福を与えて下さいました.
従って,アボニムは,四つの誓の問いを出されます.そして,男女は,祝福式において,「예!」と応えて,彼らの誓約を大きな声で宣言します.その後,アボニムは,聖婚の為に祝祷を献げて,聖婚が完遂したことを宣布されます.
言い換えれば,四つの異なる誓に,私達が献げた「예!」において,アボニムは,私達の誓約を受け取られ,その条件のベースで,祝福の恩寵を下さいました.これは,重要なポイントです.私達は,アボニムが,長生期完成級に達していない私達,新郎新婦全員に,聖婚問答における誓約の条件の上で,祝福を下さったことを,はっきり理解する必要が有ります.私達が,これら四つの誓約をしなければ,神様とアボニムが,堕落人間である私達を祝福を受ける為に許せる道がありません.
悲しいことに,アボニムが聖和された後は,四つの聖婚問答が,祝福式から消失しました.新たに入れ替わった一つの誓は,同様の形ではありますが,内容は完全に違います.この新しい単一の誓が,今は祝福の条件として必要です.
真の家庭の文妍進ニムと文情進ニムのご聖婚において使われた,結婚の誓を見て見ましょう.基元節に続いて,全統一祝福式が,変更された聖婚問答を使って,挙行されました.四つの誓は,一つの誓に置き換えられました.「皆さんは,天の父母様を中心に,絶対信仰,絶対愛,絶対服従に基づき,真の家庭を形成しますか」
皆さんに聞きます.聖婚問答と普通の司祭によって結婚したカップルの儀式的な誓約に差はないですか.違います.祝福の時に与えられる聖婚問答は,不変の誓約であり,神様と真の父母様への誓です.祝福は,アボニムが下さった誓のベースの上で受けられるものです.他の誰かの誓が入っていれば,それは,アボニムの祝福ではありません.祝福家庭となるためには,誓約は,アボニムが下さった誓約でなければなりません.皆さんが異なる誓を与えて,皆さんが単純に皆さんとして残っていたら,皆さんは他の堕落した家庭を立てています.この点を納得するのは難しいですか.(続く)
<鷹の目>
アボニムと韓オモニムは何時,一心・一体になられたのでしょうか.2010.5.8の特別宣布でしょうか.当時,アボニムは,「私は花嫁に会っていない.」とまで言われています.韓氏は,アボニムから完全に離反しています.しかし,アボニムは,基元節を定められ,摂理を進めなければなりませんから,条件的に特別宣布をされたと思います.最終決戦は,2012年中の真の父母様の完成期の祝福でした.それを乗り越えれば,全てが解決できるので,多少の問題は,目をつぶって突破されたと思います.しかし,その最終決戦は天側の敗退でした.真の父母様の完成期の入籍祝福が期日までに果たされなかった事は,周知の通りです.
ご夫婦が本当に一心・一体なら,聖和されたご主人の思い出を,滔々と幾らでも語るのが,残された奥様の姿ではないでしょうか.私達は,韓氏がアボニムの生前の事を公式の場で語るのを聞いたことはありません.この事は,一心・一体ではなかったという事の証左ではないでしょうか.
八大教本の廃止は,目を覆うしかありません.天聖経の改定・改竄は2012.8から着手されたと聞いています.アボニムは,何度も御言に手を付けてはならないと言われていたにも関わらず,アボニムのご体調が芳しくなくなったら,即座に着手するとは,言語道断です.腐りきった状態です.ブログの投稿者は,70%以上が改竄されたと言っていますが,新旧の天聖経を比較しようにも,最初から変えられており,全面改訂に近いものです.例えば,原本の第8巻,罪と蕩減復帰の1143ページに,「真のお母様を選ぶこと」という項がありますが,改訂版には,当該の御言は全くありません.「誰がお母様になっていたでしょうか.…イギリスの女性です.…キリスト教が反対することによって,お母様が福を得たのです.」の行です.この御言は,独生女の虚構を完全に否定するものです.このように,自分達の虚構にとって不都合な御言は徹底的に削除して,他の指し障りのない御言に置き換えたようです.残念な事です.そして,アボニムの嘆きと悔しさがひしひしと伝わってきます.
国歌の改悪についても,言葉がありません.その理由も全く根拠がありません.世界中の責任者達は,よくもこんな出鱈目な国歌を画像まで見せて,食口に歌わせていると思います.アボニムの内的,核心的伝統を完全に消去する蛮行です.小生は,「栄光の賜物」が天一国国歌に選定される前から,最もアボニムの深いご心情を表した聖歌であると感じていました.それが,国歌に選ばれたと聞いて,一種の感動を覚えました.そういう体験は,多くの食口が共有しているのではないでしょうか.そのようなアボニムと食口が共有する心情の土台を完全に踏みにじるような蛮行を,私達は看過することはありません.統一食口なら,「栄光の賜物」と「聖励の新歌」を堂々と賛美しましょう.
聖婚問答の変更は,誰の権限で為されたのでしょうか.祝福を受ける基準に達していない私達にも祝福を与えて下さる代価として,聖婚問答が決められていたにも関わらず,簡略化など以ての外です.筆者が記しているように,聖婚問答を変えた祝福は,偽りの祝福になると考えられます.アボニムが立てられた基準は,神様と全霊界(サタンも)が認定された基準です.極めて厳密なものです.千代に八千代に変わるものではないと思います.それを,アボニムが聖和されるとすぐに変えるとは,殆ど狼藉です.狼藉者達には,いずれ天罰が下ると思います.
家庭連合や諸派に居る食口は,アボニムの御言や伝統を破壊する言行の不当さに目覚めましょう.そして,正当な後継者である亨進ニム・妍雅ニムを訪ねて,真の父母様の元に帰りましょう.